タイ・アラカルト





解できないものを非難するべきではない。したがって私はオカマを非難しないし、気にしないようにしている。だがそれにしてもタイにはオカマが多いのでやっぱり気になってしまう。多いのではなくてタイのオカマたちは自らを偽らないのでよく目に付くということかもしれない。

 日本などでは社会的な差別を恐れて、多くが「カミングアウト」できずにいるから少ないと感じるだけかもしれない。タイではオカマがあからさまな差別を受けることは少ないようだ。


物よりも美しいオカマさんたちの真剣なミスコンテストだってある。タイと同様に西欧の国々でもオカマやゲイが市民権を得たりしているが、そのあり方が根本的に違うように思う。

 西欧諸国におけるオカマやゲイの市民権とは、いわれのない偏見や差別と戦い、勝ち取られたものであろう。したがってオカマに対する差別的な発言に対して法的または社会的な制裁が加えられたりもする。


イはそうではない。オカマやゲイを平気で笑いものにする。テレビの漫才劇や演歌(ルークトゥン)の歌謡ショーなどによくオカマのコメディアンが登場するが、思いきり馬鹿にされ笑い者にされる。

 しかしその笑いは侮蔑の嘲笑ではないようだ。笑い飛ばしてあっけらかんとしている。陰湿な差別など最初からあまり無かったのではないか。だからこそあんな人権問題になるのじゃないかとドキリとするような笑いをとることができるのだろう。

 異質なものを寛容に受け容れ、その異質なものを社会に同化させてしまうのがタイ社会の真骨頂。オカマたちを見ていると、やはりタイは自由の国だなあとつくづく思う。
(徳納志信)

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