タイの県
アユタヤ県


 アユタヤの正式名称は、プラナコンシーアユタヤで、中央部の平地に位置しバンコクから約75キロ離れています。面積は約2,556平方キロメートルです。北は、アントン県とロブリー県に、南はナコンパトム県、ノンタブリー県、パトンタニー県に、東はサラブリ県に、西はスパンブリ県に接しています。県全域平地で山はなく、森林もありません。


 アユタヤの人口は、775,157人で主な産業は、米、マンゴー、みかん(ソムキヨワーン)、バナナ栽培です。昨今は、工業の発展が著しく、三つの工業団地があり、主な工業製品は、農産物加工品、電気製品、自動車及び同部品があります。


 アユタヤは、西暦1350年頃にタイの首都として築かれ、その後5王族、33人の国王により417年間繁栄しました。これは、タイの歴史上最も長く続いた首都で、この間、仏教及び文明が栄えました。西暦1767年にアユタヤ王朝は、ビルマ軍に滅ぼされ、首都も破壊されたにもかかわらず、現在でもアユタヤ時代の偉大な芸術、文化を裏付ける遺跡が無数に残されています。
 1991年、UNESCOの世界遺産委員会により歴史公園として世界遺産に登録されました。これにより、アユタヤは、タイ国内、国外から多くの観光客が1年中をとおして訪れる県となりました。


 アユタヤ県の観光地の多くは、古代遺跡の寺院、王宮などです。戦で破壊されたにもかかわらず、いまだに多くの芸術、建築物が大きな存在感を示し残っています。
 中でも、アユタヤが首都として栄えた時代に建てられたプラシリサンペット寺、モンコンボピット寺、パナンチュン寺、王宮や、サームプラヤ国立博物館があります。この他にもバンパイン宮殿、ラーマ5世の時代に建てられたニベートタムプラワット寺があります。


 アユタヤには、King Naresuan Maharat の時代、商業を営む日本人が住んでいた日本人町がありました。歴史書によると軍司令官としてビルマとの戦争においてタイ軍に協力した山田長政が居たとされています。現在では、日本人町跡として公園内に整備されています。


 アユタヤには優れた手工芸職人が多くいます。かつては、農閑期に手工芸品を作っていました。シリキット王妃によりバーンサイ地区にタイの様々な種類の品を集めた手工芸センターが造られました。当初は、農民に技術を学ぶ機会を提供し、職業に結び付けること、また、伝統工芸技術を維持することが主目的でしたが、現在では、観光客にも開放され、工芸品の販売もされています。




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